I. 試験研究の全体計画

2. 研究概要

2.1 衛星データを用いた海洋の炭素循環と一次生産及び関連諸量のマッピングに関する研究

(1) 衛星データを用いた高度化技術に関する研究
　衛星データを基に、一次生産を推定する際に大きな影響を与える水温、クロロフィル量を観測し、一次生産及び炭素フラックス等の評価を高度化する技術を開発する。特に、現場観測によるクロロフィル量と一次生産量の絶対値及び季節変動と水色衛星画像に現れたパターンとを比較し、解析する。

i） 日本周辺海域における一次生産及び関連諸量の推定手法に関する研究

（農林水産省水産庁中央水産研究所、北海道区水産研究所、東北区水産研究所、日本海区水産研究所、南西海区水産研究所、西海区水産研究所、水産工学研究所）

　炭素循環に影響を与える海洋表層の生物生産の評価を行うために日本近海で現場データを取得し、海域にあったアルゴリズムを作成し、他国で作成された他の海域のアルゴリズムとマージする。

ii） 太平洋赤道域における一次生産及び関連諸量の推定手法に関する研究

（科学技術庁研究開発局、＜委託＞海洋科学技術センター海洋観測研究部）

　太平洋赤道海域において海洋地球研究船「みらい」に搭載された衛星データ受信システムを用いて実観測との対比を行い、一次生産および関連諸量のヴァリデーションを実施する。特に、海表面の水塊構造、光合成有効照度、クロロフィルａ分布図、消散係数分布図を作成して、衛星データの利用を高度化する。

iii） 西太平洋及び東インド洋の低緯度域における一次生産及び関連諸量の推定手法に関する研究

（通商産業省工業技術院地質調査所、＜一部委託＞（株）関西総合研究センター海洋環境調査部）

　西太平洋及び東インド洋の低緯度域で一次生産及び関連諸量の実海域調査を行い、衛星データのヴァリデーションを行う。特に、一次生産の測定では、炭素14法、炭素13法、蛍光法を採用し、相互のデータセットの評価をオーストラリア海洋研究所とともに行う。また、一次生産と最も関係の深いエクスポート生産について全球評価を行うために時系列データを取得し、海洋表層からの炭素の純除去流量を評価する方法を開発する。エクスポート生産などの観測の一部を（株）関西総合研究センター海洋環境調査部に委託する。

(2) 炭素循環と一次生産及び関連諸量に関する研究
　海洋での炭素の貯蔵が主に中深層であるという事情と解析精度を1桁以上向上させるために精査海域を設けてプロセス研究を展開する。特に、西太平洋から東インド洋の赤道域には地球上の中で最も水温が高い所謂西太平洋暖水塊が存在している。そこで、この海域は、生物活動に伴う一次生産や二酸化炭素等の温暖化物質の輸送過程の定量的な解明に関しては、全球の中で鍵となる海域のひとつとなっている。特に、ENSOなどの周期的気候変動及びアジアモンスーン等の気候変動が西太平洋暖水塊の全球表層環境及び全球炭素循環に果たす役割について解析する。

i） エクスポート生産と炭素輸送に関する研究

（通商産業省工業技術院地質調査所、＜一部委託＞北海道大学低温科学研究所、熊本大学理学部、九州大学理学部）

　海洋は3次元であり、海洋表層環境も鉛直拡散や湧昇により中深層の影響を大きく受けるので、海洋における炭素循環を理解するために、海洋表層観測に重点を置きつつも表層以深の現象を取り扱う必要がある。そこで、繋留系を用いた海の観測と衛星による空からの観測とを結び付けて時系列データを得ることは、空と海の観測の長所をひきだすことができると期待される。また、低緯度域は全球的気候変動にも大きな役割を果たしていると指摘されている。特に、西太平洋及び東インド洋低緯度域では、エルニーニョやアジアモンスーンなどの気候変動が炭素循環にも大きな影響を与えることが明らかになってきており、炭素循環を気候変動や海洋環境変動の観点から解析する。有機物の化合物レベルでの特性と窒素同位体に関する研究を北海道大学低温科学研究所に、炭酸カルシウム殻を持つ有孔虫に関する研究を熊本大学に、炭素除去を効率的に行う珪藻や放散虫に関する研究を九州大学に委託する。

ii） 海洋表層における炭素フラックスと一次生産に関する研究

（運輸省気象庁気象研究所）

　海洋は、陸上生物圏と共に大気中の二酸化炭素濃度レベルを調節する上で極めて重要な役割を果たしている。海洋が人為起源の二酸化炭素を取りこむ量は、大気・海洋間と海洋表層・中深層間の炭素輸送により決定されている。海洋の低緯度海域では、エルニーニョやラニーニャの発生によって海洋表層における二酸化炭素の輸送量は大きく変動することが知られている。これらの観測結果はマッピング精度を向上させるために貢献する。

iii） 一次生産に影響を与える微量化学成分に関する研究

（農林水産省水産庁西海区水産研究所石垣支所）

　海洋における炭素循環にかかわる生物生産活動と水質環境要因の関連の把握という観点から、特に一次生産に対して影響を与える微量金属元素の分布特性と生物生産活動との密接な結びつきが強い栄養塩類との相関関係を明らかにする。

iv） 放射性核種及び安定同位体の挙動に関する研究

（科学技術庁放射線医学総合研究所、＜一部委託＞北海道大学大学院地球環境科学研究科）

　西太平洋暖水塊は現在の気候変動にも大きな役割を果たしている。その海洋表層における炭素循環の仕組みを解明するため、海水や粒子状物質の含まれる放射性および安定同位体を分析する。これにより、一次生産、表層から中深層に運搬される炭素流量の評価を行う。外洋域における酸素同位体等の安定同位体および一部放射性核種を用いて炭素除去量を解析する部分を北海道大学大学院地球環境科学研究科に委託する。

v） 気候変動の一次生産及び関連諸量への影響評価に関する研究

（環境庁国立環境研究所、＜一部委託＞名古屋大学大気水圏科学研究所、

　通商産業省工業技術院地質調査所、＜一部委託＞東北大学大学院理学研究科）

　炭素循環や海洋環境と気候変動との関係について規則性を見いだすため、高解像度でさまざまな時間スケールに対する環境復元を行う。特に、炭素循環及び気候変動において世界的スケールで影響力の大きい地域であると認識されている西太平洋暖水塊及びアジアモンスーン域を対象に、水温、塩分、炭素循環関連諸量に関するデータを取得し、解析する。これらの結果は、気候変動に伴う海洋環境変動及び炭素循環に関する数値実験に供される。生物ポンプ及び炭素フラックスを推定する部分を名古屋大学大気水圏科学研究所に、シャコ貝を用いた高精度の解析の部分を東北大学大学院理学研究科に委託する。