JGOFSデータ管理委員会等出席報告

水路部海洋情報課 道 田  豊

1 はじめに

 二酸化炭素等の海洋における振る舞いを解明する研究計画「合同全球海洋フラックス研究(JGOFS: Joint Global Ocean Flux Study)」のデータ管理タスクチーム(DMTT: Data Management Task Team)の会合がノルウェーのベルゲンで開催され、これに出席するとともに、生物分類研究の国際的な中心機関の一つであるオランダのアムステルダム大学生物分類専門センター(ETI: Expert Center for Taxonomic Identification)を訪問して、海洋生物データ管理に関する意見交換を行った。

以下、JGOFS-DMTTの議事、ETIにおける意見交換内容等について報告する。

2 JGOFS-DMTT

(1)日 時  平成10年9月23日(水)〜9月25日(金)
        9月23日      データ管理タスクチーム会議
         9月24〜25日 データ管理統合ワークショップ
(2)場 所  
Rica Travel Hotel (ベルゲン)
(3)出席者  ●
DMTTメンバー
         
Roy Lowry(英、英国海洋データセンター、議長)         Graham Glenn(加、海洋環境データサービス)          Christine Hammond(米、ウッヅホール海洋研究所)          Thomas Mitzka(独、キール大学海洋研究所)
         
J. S. Sarupria(印、インド海洋データセンター)
         三宅武治(日、日本海洋データセンター)
        ●関係者
         
Beatriz Balino(ノル、JGOFS国際プロジェクト事務局)         Robin Brown(加、海洋科学研究所)
         
Robert DeConto(米、国立大気研究センター)
         
Helge Drange(ノル、ナンセン環境リモートセンシングセンター)         Geoffrey Evans(加、漁業海洋省)
         
Michael Fasham(英、サザンプトン海洋センター、JGOFS-SSC議長)          Brian Griffiths(豪、CSIRO
         
Roger Hanson(ノル、ベルゲン大学)
         
Eileen Hoffman(米、オールドドミニオン大学、GLOBEC)         Iris Krest(独、キール大学)
         
Marie-Paule Labaied(仏、海洋観測局)
         
Robert Leborgne(仏、マルセイユ海洋センター)         Nicolas Metzl(仏、海洋物理化学研究所)
         
Trevor Platt(加、ベッドフォード海洋研究所)
         道田 豊(日、日本海洋データセンター、
WOCE

 (4)会議概要

 (i)データ管理タスクチーム会議(9月23日)

  ●議題1:JGOFSデータ統合におけるデータ管理タスクチームの責務

   JGOFSデータ管理に関する活動(保管、管理、データサービス)を今後20年間継続しようとしたとき、各国においてそれが可能か、自己紹介を兼ねて各出席者が発言した。

 Lowry議長の所属する英国海洋データセンターをはじめ、日本、カナダ、インドは、いずれも国の組織として当面の定常予算を確保している組織がJGOFSのデータ管理を実施していることから、データ管理の内容はともかくとして、保管(archive)という観点からは問題ない。
 その他の国においては、大学やその他の研究機関が特別な予算を獲得してデータ管理を実施しているため、将来にわたって継続的な管理が可能かどうか懸念される。この問いに対して、米国ウッヅホール海洋研究所は、プロジェクト予算が終了する時に
JGOFSデータセットを取りまとめるが、いずれの観測データも最終的には米国海洋データセンター(NODC)に送付し保管してもらうことになっている、と回答した。フランスにおいても海洋研究所が特別予算を用いて実施しているが、物理関係のデータについては世界海洋循環実験(WOCE)のルールに従い、それ以外のデータについても世界データセンター(WDC)システムに送付することになっている。ドイツも同様である。ドイツの出席者は、ドイツ国内におけるドイツ海洋データセンターの活動ぶりについて不信感を表明し、ドイツ国内のJGOFS関連データは、直接世界データセンターに送付することになっている、と述べた。
 
JGOFSデータの長期にわたる保管、管理について、出席していない国の窓口に対して、JGOFS国際プロジェクト事務局から調査票を送付することとなった。

  ●議題2:JGOFSアラビア海のデータCD-ROM

  JGOFSのアラビア海プロジェクトで取得されたCTD(水温、塩分)データを取りまとめたCD-ROMを刊行する計画があり、中心となって検討してきたドイツのMitzka博士が内容を紹介した。
 ブラウザによって参照できる
html形式のファイルだけでなく、テキストファイルも用意するべきとされ、その作業を英国データセンターで実施することとなった。
 インドの
Sarupria氏が、「謝辞は財政支援を行った機関だけでなく、参加機関に対するものも掲載すべきである」と問題提起し、若干の議論があった。最終的には、このアラビア海計画に参加した各国において、謝辞の掲載方法について検討し、その結果をLowry議長及びMitzka博士に報告することになった。
  この
CD-ROMは、199811月刊行。1000部作成し、無料で配布する。

  ●議題3:JGOFSデータの所在情報

  Lowry議長が、「他の物理関係のデータもそうだが化学関係のデータが主となるJGOFSにおいては、メタデータ(ここではデータの所在情報の意)が特に重要であることから、これを具体的に検討したい」とイントロダクションを行い、「全く新しく所在情報管理システムを開発することは現実的でないので、すでに地球環境観測データ(衛星データ含む)を対象に米国等で用いられているDIFDirectory Interchange Format)を使うことにしたい」、と提案した。
 
DIFを活用することで、JGOFSの上位計画である地圏生物圏研究計画(IGBP)の情報管理計画であるDISData Information System)ともリンクできること、DIFを用いたサーチエンジンがすでに運用されていること、等から、DIFを支持する意見が出された。但し、技術的な問題点が浮上する可能性もあるので、1999-2000年の間、試行的に、英、米、蘭の航海を例にしてDIFを使った情報管理をやってみることで合意した
 インドの
Sarupria氏は、従来から海洋データ管理の分野で用いられている航海概要報告(CSR: Cruise Summary Report)の活用を図るべきではないか、と意見を述べたが、「CSRの構造が、化学成分に関して十分対応できるものではない」として却下された。

  ●議題4:IGBPデータ情報システム

 JGOFSの上位計画であるIGBPにおいて検討されているデータ情報システム(DIS)の現状について、JGOFS国際プロジェクト事務局のBalino博士が報告した。
 
IGBPの各コアプロジェクト(JGOFSLOICZGLOBEC)はそれぞれWeb Pageを運用していることから、当面これを連携づけ、IGBPのページから必要な情報について複数のWeb Pageにまたがって検索できるようにする計画との由。1999年5月に横浜で開催予定のIGBP Congressまでに用意する予定。

  ●議題5:データ管理及び統合ワークショップ

  JGOFSの研究者グループと、データ管理者が意志疎通を図るという趣旨を確認した。

  ●議題6:データ管理タスクチームのメンバー構成

 Lowry議長は、長期にわたって議長職にあること、及び今後数年の業務多忙を理由に、議長職からの辞意を表明し、後任には世界データセンターのLevitus氏を推薦した。
 従来タスクチームのメンバーに入っていなかったフランスから、
Labaied女史を加えることになった。また、オーストラリアからの参加について、Griffith博士に交渉することになった。

    ●議題7:次回会議

  次回は、2000年春にドイツのキールで開催することになった。

 (ii)JGOFSデータ管理及び統合ワークショップ

  ●趣旨説明(Roy Lowry:英)
   −研究者にデータの
availabilityを知らせる
   −データ管理者が研究の進捗状況について学ぶ
   −研究者とデータ管理者のコンタクトの維持

  ●各国データ管理の現状

   a)米国におけるJGOFSデータ管理(Christine Hammond:米ウッヅホール)

 米国におけるJGOFS関連プロジェクトの概要について、「プロセス研究」「時系列観測」「全球二酸化炭素測定」「衛星観測」等の範疇別に報告した。基本的にはウッヅホール海洋研究所において管理しており、すでに多くのデータがオンラインで利用できるようになっている。
 質問に答えて、データ出所については
PIの氏名を掲載すること、ウッヅホールのデータ管理は専門的かつ時限的なもので、いずれはNODCにデータを送付することになっていること、等が述べられた。

   b)ドイツにおけるJGOFSデータ管理(Thomas Mitzka:独キール大学)

 各研究計画に対する奉仕者という意識でやっている。現在対象とするデータセットは、(1)大西洋におけるドイツの係留系(セディメントトラップ75を含む)、(2)1991-97年の39航海分の二酸化炭素データ、(3)調査船「Sonne」のデータ(但し完全セットは航海参加者のみ、いずれはオープンにする)、(4)アラビア海のCD-ROM 等である。

   c)英国におけるJGOFSデータ管理(Roy Lowry:英BODC

 JGOFS及びそれに関連したCD-ROMデータセットの刊行状況、刊行計画について報告した。これまでに北海研究計画、BOFS(British Ocean Flux Study)等のCDを刊行し、今後も北大西洋のPRIME等のCDを継続して刊行する。JGOFS関連のデータセットについて、JGOFS関係者には無償で、それ以外にはCD1枚50ポンドで頒布。オンライン情報提供については、今のところデータそのものをオンラインで提供する予定はない(JODCとは違う)が、所在情報についてはオンラインで見られるようにしていく予定で、そのための技術者を雇う予定。

   d)フランスにおけるJGOFSデータ管理(Marie-Paule Labaied:仏海洋観測局)

 フランスにおけるJGOFSデータベースは発足1年。現在の活動の中心は、データ収集・保管、情報の集中、Web Siteの開発 である。物理量のような公開データと分析値のような非公開データがあり、非公開分についてはリクエストベースで提供。観測者の優先権は4年であるが、セディメントトラップのデータはまだ出ていない。
 
Web Siteはできたばかり。いずれはモデリングの結果も掲載していく。データを取り出すツールは、JODCのものを参考にして作った。

   e)日本におけるJGOFSデータ管理(三宅武治:日本JODC

 日本のJGOFSのデータ管理事務局をJODCが担当していることを紹介し、JGOFS関連の各種研究プロジェクトの概要とそれらにおけるデータ管理の現状について報告した。1990-96年に実施されたNOPACCSは、JODCがすでに暫定版のCD-ROMを作成したこと、同じく科学技術振興調整費の「MASFLEX」についても、観測データを取りまとめたCD-ROMを作成したことを述べた。
 
JODCはデータ管理の観点から極力、こうした研究プロジェクトに参画するよう努めていることと、CD-ROMの作成という活動に対して高く評価された。
 
JGOFSではデータ管理に関するパンフレットを作成する計画があり、その表紙に、JODC作成のCD-ROMのラベルを掲載したい、という申し出があった。

   f)カナダにおけるJGOFSデータ管理(Graham Glenn:加MEDS

 カナダJGOFSは、大西洋側のベッドフォード海洋研究所(BIO)、太平洋側の海洋科学研究所(IOS)、及び大学が実施している。MEDSは、データの長期保管を担当。生物データ管理について、「data model for national biological data 」を検討中。
 所在情報については、
Microsoft Accessでデータセット事典を作成した。

   g)インドにおけるJGOFSデータ管理(J.S. Sarupria:印IODC

 アラビア海の東経64度よりも東側を中心にインドJGOFSを実施。1999年1月にバンガロールでアラビア海の結果(データ、モデル)に関するワークショップを開催し、データセットは1999年7月にCD-ROMで刊行予定。
 
1999-2003には、ベンガル湾を対象にプロセス研究(BOBPS)を計画中。ガンジス川など陸起源物質の役割も考慮する。

  ●モデルの結果の管理に関する議論

 一通り各国のデータ管理に関する発表が終わったところで、フランスの発表の中に「モデルデータの管理」が盛り込まれていたことをきっかけに、観測データではなく、モデルの結果の管理をどうするべきか、という問題が議論となった。
 仏の
Metzlは、モデルの計算結果ではなく、モデルの本質的な情報(code、初期条件、境界条件など)を管理する方向に向かうのではないかという意見を述べ、別の研究者は、モデルの結果は三次元ないしは四次元のグリッドになったデータなのでむしろ扱いやすいのではないか、と指摘した。
  しかし、データ管理者側は、保管すべきものを明確にしない限り、とんでもなく雑多で大量のデータとなるので、
storageをはじめとする管理上の問題点を挙げて否定的な意見が大勢をしめた。まず、「モデルの結果」とは何か、何を保管すべきか、といった議論を進める必要があるとされた。

  ●研究の現状

 カナダと米国の研究者が、観測されたデータを用いた海洋の物質循環モデルの開発の現状を報告した。衛星データを中心に扱っているカナダの研究者は、現場観測データの必要性、そうしたデータを管理する意義について述べたが、具体的にどのようなデータが必要とされるのか、そのスペックについては明確に語らなかった。海洋による二酸化炭素の吸収に関するモデルを研究している米国の研究者は、必要なデータとして、全球規模の、二酸化炭素観測値、炭素同位体、溶存酸素、栄養塩、表面海水の二酸化炭素分圧を挙げた。
 ノルウェーの
Hanson博士がJGOFSのデータ統合に関する戦略を紹介し、5つの海域について実施していること、そのうち北太平洋については、1016,17日にPICES総会の場(米、フェアバンクス)で会合を持つことなどを報告した。

 

 海洋生物データ管理に関する情報交換

(1)日 時  平成10年9月22日(火) 10:00〜13:00
(2)場 所  アムステルダム大学生物分類専門センター
(3)面会者  
Dr. Rob Heijman
(4)意見交換概要

(i)当方から、海上保安庁水路部及び日本海洋データセンター(JODC)の活動の概要について背景情報として紹介し、今回訪問の主目的である、我が国の海洋生物データ管理、それに伴う海洋生物コードの整備状況、さらに今年度から開始したベントスのデータコード作成の考え方等について説明した。

(ii)Dr. Heijmanから、ETIExpert Center for Taxonomic Identification)の概要について説明があった。

 ETIは、生物多様性保護のため生物種に関する情報を整備して一般に公開することを目的として8年前に設立された非営利団体。主としてオランダ政府の科学基金のサポートを受けており、実質的にはアムステルダム大学の一部のような位置づけとなっている。
 地球上の生物種の多様性を保護していくことは、現在の人類に課せられた極めて重要な課題であるが、そのためには、生物種やその分類に関する情報が不可欠である。しかしながら、現実には
1980年代以降、分類学者が減少していて的確な対応が難しくなっていた。各国バラバラの取り組みだと非効率であることから、ETIという概念が出てきた。ETIは、各国の関係機関の協力を得て、生物の分類に関するさまざまなプロダクツ(CD-ROMほか)を刊行している。日本におけるETIの窓口は、四国大学のProf. Sakaiである。

 ETIは、ソフトウェアの専門家数名を含めて24名のスタッフを擁し、これまでにさまざまな生物種を対象に20枚以上のCD-ROMを刊行した。生物の名称、採取地、分類上の位置づけなど、いろいろな方向から検索が可能なシステムで、各生物のスケッチを画面上で見ることができる。一部の生物については、写真や動画、鳴き声なども収録されている。 Heijman博士によれば、今後は各国とのネットワークを強化する方向であり、米、独、英(大英博物館等)、日、ロシア、豪とはすでにネットワーク化について話をしている。それとは別に、豪CSIROとはデジタル刊行物の内容に関する共同プロジェクトを開始した。

(iii) 生物データ管理についてHeijman博士と意見交換を行った。

H博士:
JODCの生物データコードについては、以前からETIも知っており、10年前としては極めて先進的であったと評価されている。今後の拡張については、米国のITISSpeceis2000といった国際計画と連携が不可欠である。ETIも可能な協力は惜しまない。

当方 :JODCの生物データ管理は、国内では東京水産大学の大森教授の指導のもとで行っており、国際的には米国の海洋データセンター等と連絡を取り合っている。「生物多様性」というキーワードに関連する部分では、ETIと連絡を密にしていきたい。

H博士:直接連絡をとってもらってよいが、ぜひETI-Japanの、四国大学Sakai博士とは連絡を取り合った方が良いと思う。

 

 所感等

 1990年代は、地球環境変動に係る海洋の研究プロジェクトが多数実施され、特に世界海洋循環実験(WOCE)については、水路部も旧「昭洋」によって太平洋を横断する大観測を実施するなど積極的に関与した。JGOFSもそうした研究の一つであり、国際的には物理分野のWOCEと、化学分野のJGOFSと並列で議論されるものである(これらに生物分野としてGLOBECを加えるべきかもしれない)。世界の海洋における温暖化物質(二酸化炭素など)の振る舞いを理解しようという野心的な計画である。JGOFSについて水路部は、観測の面ではあまり貢献していないが、データ管理の分野では、JGOFSに関係する研究者グループから求められて、JODCがデータ管理オフィスの役割を担っている。JGOFSはそろそろ観測期間が終了し、データ解析やモデリングに研究の主体がシフトするため(この事情はWOCEと同様)、データ管理にまつわる動きが国際的にも活発化している。

 こうしたことを背景に、今般JODCの三宅海洋情報官がJGOFSデータ管理タスクチームのメンバーに指名され、これから本格化するJGOFSデータ管理のあり方について議論するため、今回の会議が開催された。道田は、データ管理についてはJGOFSよりも先行しているWOCEにおいてデータ管理の国際委員を務めていることから、併せて今回の会議に出席を求められた。

 WOCEJGOFSでは、研究者の間ではそれまであまり顧みられていなかった「データの管理」の問題をプロジェクトの開始当初から重要視しており、WOCEでは観測から2年後のデータ公開を明文化し、観測データの品質を厳しくチェックするなど、従来の海洋データ管理活動ではカバーできないデータ管理を行った。そのためWOCEにおいては、各国のNODC群からなるIODEシステムを用いたデータ管理を行わず、全く別のシステム(データ項目毎のデータ集積センター等)を採用した。しかしWOCEの最終局面を迎えて浮上した問題は、これらのデータ集積センター等の多くは各国データセンターのような安定した組織でない場合が多く、データの最終保管に不安があるということである。そのため、WOCEでも、最終保管を確保するため、JODCを含む各国データセンターに対する期待が大きくなっている。

 今回のJGOFS-DMTTでも、WOCEがここ2、3年に行ってきた議論とほとんど同じことが話題となった。すなわち、データの長期保管をいかに確保するか、ということである。IODEの仕組みは、一時期研究者などから顧みられなくなりつつあったが、WOCEJGOFSのデータ管理を通じた努力によって、息を吹き返しつつあると感じられた。地球環境変化など、長期の環境変化を議論する場合には、取得された観測データが長期間きちんと保管されていることが本質的に重要であるため、データ保管の責務を有する我々データセンターの役割はますます重要で責任の重いものとなる。